大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一)
「光市母子殺人事件の容疑者は『魔界転生』に倣って、被害者を蘇生しようとしていた・・・」
などと偉い先生たちが真面目に主張されていた時は、「魔界転生(※)なら蘇生するのは容疑者の方だろうに・・・」と呆れたのも今は昔。
そうは言っても、魔界衆の再生方法と言えば、原作に登場の軍師森宋意軒によるクローンのような物理的再生よりも、映画版の切支丹凶徒首魁天草四郎時貞(ジュリー!)による黒魔術式の再生の方が、広く世に知られるところでしょうか。
そうです。その黒魔術の呪文こそ「エロイム エッサイム 我は求め訴えたり」。
あの「悪魔くん」でもお馴染みのこの呪文こそが、賢者ソロモン王が唱えたとされる悪魔(デーモン)召喚のキーワードだと、中世欧羅巴(ヨーロッパ)にてまことしやかに言い伝えられてきたものなのです(中世じゃあソロモン王の時代から、あまりにも隔たってはいますが)・・・。
黒い鶏を生贄にして唱えられたというこの呪文。「エロイム エッサイム」とは、さぞや禍々しい意味が込められてるんだろうと、ビビってしまいそうですが、あにはからんや、実はこの呪文の意味は「神よ、燃え盛る炎の神よ」。
そう、この呪文こそは神様、即ちあの天地創造、アダムとイブ、カインとアベル、ノアの箱舟、そしてバベルの塔等のユダヤの神話にて語られ、ついにはエジプトの地にて、預言者モーゼの前に燃え盛る紅蓮の炎となって顕現した唯一神「Y・H・W・H」の名を唱え讃えた言葉なんです。
勿論、この四文字だけでは母音がありませんから、当然ながら発音できません。だからこそ、古くはエホバ説、最近ではヤーウェ説と、その呼び方がいろいろ説かれてきたわけです。むろん、どれも断言できるものではありません。
以前お話しましたように、これも言わば実名禁忌の一種。信長様とか秀吉様とか、他人が気安く言ってはいけないと言うあれですね。
その点、黒田孝(よし)高(たか)を「官兵衛!官兵衛!」と呼んでいるのは、まあ正しいといえば正しいのでしょうね。
洋画でよく聞く「ジーザス!」は「やれやれだぜ」や「ちくしょー」と言った下品なニュアンスで使われますが、ご存知の通りジーザスとはイエス・キリストのイエスのこと。
全ては神の思し召しと考える西洋ゆえでしょうか、意に沿わぬ事態には、ついつい神の名を出してしまう不逞の輩が出てしまうもの。それは古代でも同じだったのでしょう。
それもあってでしょうか、みだりに唯一神の名が口にされないように、その名は厳重に秘せられてきました。なにしろ聖書を読んでも、どこにもその名が書かれていないくらいですから。
しかし、あまりにも徹底しすぎた為でしょうか、今となってはホントに分らなくなってしまったんですね。
間抜けに聞こえますが、口伝えに頼りすぎて、ホントのところが分らなくなるって、古今東西よくあることなんですね。笑えない、笑えない。
※「魔界転生」
和歌山を舞台に柳生十兵衛が活躍する山田風太郎の一大伝奇ロマン。一九八一年に映画化され、その後もコミックやアニメ、ゲームとして人気を博している。
イラスト 小川けんいち
元霊断院主任
福岡県妙立寺前住職