大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸輪之王。(無量義経徳行品第一)
東方の転輪聖王の証、法華経の要文「四海領掌の偈」をお釈迦様から面授口決(直接に口頭で教え伝えること)された周の穆王(ぼくおう)。
大事な教えを胸中に秘して誰にも洩らさなかった穆王でしたが、寵愛した美少年菊慈童(きくじどう)だけは特別。菊慈童が罪を負い流罪となった際、王は菊慈童に密かに要文を伝えるのでした…。
時は流れて千数百年後の三国時代。魏の文王の勅命を受け、霊水の水源を求めて険しき縣山の山中に踏み込んだ調査隊は、そこで自らを菊慈童と名乗る奇妙なる美少年と出会うのでした…。
此八幡大菩薩は日本国人王第十四代仲哀天皇は父也。第十五代神功皇后は母也。第十六代応神天皇は今の八幡大菩薩是也(四条金吾許御文)
魏の時代といえば、日本ではあの神功皇后の世。
日本の八百万(やおよろず)の神々の中で日蓮大聖人が特に敬われ、大曼荼羅御本尊にも勧請(かんじょう)(お祀り)されたのは天照大神と八幡大菩薩ですが、その八幡様の母にあたるお方こそが、この神功皇后。
「日本書紀」によると、魏との間にも使者の往来があったといいます(余談ですが、この往来に関する震旦(しんたん)側の記録があまりにも適当だったことが、後の邪馬台国論争になるんですね)。
西暦でいえば三世紀ごろのこと。ずいぶん古い時代ですが、その時代の人であっても周といえば、もはやレジェンド(伝統)としかいえないほど古い古い時代のこと。
そんな大昔の人間ですよ!とはまさに無茶な発言。
はい、そうですか、と納得できるわけがありません。
なぜ?の嵐に包まれた文帝偵察隊に対し、菊慈童なる美少年はさらに不思議な因縁を語るのでした…。
イラスト 小川けんいち
元霊断院主任
福岡県妙立寺前住職