日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会
よろこび法話 よろこび法話

#051
お題目と倶生神月守は我が家の常備薬

愛知県名古屋市名東区本成寺聖徒団団長
天野行淳

新たな年度になり、新たな年号が制定されたのに伴い、新たな担当を引き継いだり、新たな立場に立ったり、役職に就いたりされた方が多くいらっしゃるでしょう。

人事について話をする際、「私なんて」と卑下される方がいます。「あなたなら」と励ます方もいます。

人はそれぞれ能力・性格・体格等の違いはありますが、その価値はどうでしょう。

大聖人様が

唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり
船守彌三郎許御書

と仰せられていますように、この世を救護するみ仏は、実は「我等衆生」であると諭して下さっております。本来私たちは尊い存在なのです。

私のお寺に倶生神月守、お題目を頼りに生きる信仰熱心な武藤さんご一家がいらっしゃいます。ご主人は自宅一階で息子さん夫婦とともに接骨院を営んでおられます。

数年前の夕食時、突然奥さんを激しい頭痛が襲いました。呻き苦しむまま救急車で病院に搬送され、脳出血と診断され緊急手術を受けました。

お題目と倶生神月守は我が家の常備薬

同時にお寺にも連絡が入りすぐに平癒の為の祈りを捧げました。

一命は取り留めたものの左半身に麻痺の後遺症が残り、日常生活に大きな支障が起きてしまいました。

九識霊断法にて病状を伺うと回復の困難さの中にほんのわずかな明かりが示されていました。

退院後、倶生神月守を握りしめて治療とリハビリの日々が続きました。なかなか回復しません。家事ができません。

月参りに伺うと「何もできない。家の中の役に立たない」と言うばかり。

「思いっきり泣いてみませんか。私が横で大きな声でお経を読んで、一階にいるご主人や息子さん夫婦に泣き声が届かないようにしますから」

すると思いっきり、声を張り上げて泣かれました。私のお経では泣き声を掻き消すことは出来ませんでした。奥さんの泣き声は、一階の接骨院で働いていたご主人と息子さん夫婦の耳に届いてしまいました。

奥さんの泣き声を聞いたご主人は、以降お題目を唱えながら毎日倶生神月守で麻痺している奥さんの身体をさすり続けました。

すると毎月の月参りでお会いするたびに表情が明るくなってきました。さらにこの頃息子さん夫婦に赤ちゃんが授かりました。生まれたばかりの赤ちゃんの隣で「リハビリ大変だけど、頑張って。赤ちゃんの成長と競争できるね。赤ちゃんからやり直せているのだと思って楽しんで」と言葉をかけたりもしました。

お題目と倶生神月守は我が家の常備薬

しばらくすると回復の様子が顕著になってきました。「合掌できたよ」「寝返り打てたよ」「起きられた」「立てた」「歩けた」今では日常の事は一人でできるまでに回復し、家事をこなすまでになりました。この頃から武藤さんご一家は「お題目と倶生神月守は我が家の常備薬」としきりに言われるようになりました。

奥さんの回復はご主人や息子さん夫婦が営む接骨院の患者さんの励みにもつながっていきました。私も頑張ろう。まだまだ何とかなるはず。そのような声が多く聞かれるようになったのです。

この世を救護するみ仏は、我等衆生です。本来私たちは尊い存在なのです。

病に倒れた奥さんも回復への努力の姿を見せ、患者さんの励みなっています。生まれたばかりの赤ちゃんも奥さんの回復への大きな一助となっています。皆等しく尊い存在なのです。

互いが尊いという思いをもって日々過ごしてまいりましょう。

武藤さんご一家は、今日も倶生神月守を身に持ち、お題目を一生懸命唱え信行の日々を過ごしておられます。

※この記事は、教誌よろこび令和元年6月号に掲載された記事です。

イラスト 小川けんいち

pagetop

TOP